In The Beginning 1
〜私がコレクションを始めたきっかけ〜
私がコレクションを始めたのは92年頃からです。 始めはコレクションなどするつもりはさらさらなく、ただ好きで買っていると、いつの間にか増えてしまった、というのが正しい状況なのですが。
私は年は言いませんが(文中の事柄から察してください)それはともかく、
91年頃、今からもう10年以上前、家を改築する時、母が押入れを整理していたら、私が子供の頃遊んでいた人形の着せ替えドレスが出てきたのだった。
残念ながら人形そのものは私が大きくなって遊ばなくなった時、母の命令で近所の子供達に全部あげてしまい、残っていなかった。
でもドレスは沢山残っていて、それらはとても見事な作りで、大人の目で見ると、背中のファスナー開きとか、総裏つきのコートとか、0.1ミリのポケットのステッチだとかは、まさに工芸品と言ってさえいいような細かい、丁寧な細工であった。そして明らかに手縫いだと分かるまつりかたにも、人のぬくもりが感じられ、いっそう感動したものだった。
もちろんそれらは、かつて日本で作られたもの。日本が下請けとしてバービーのドレスを作っていたのだった。
***
私は少女時代を懐しむと同時に、しかし、ここである重大なことに気がついたのだった。この素晴らしいドレスたちを着せる人形がもう私にはないのだ、という、厳粛で、かつ、残酷極まりない事実である。
この事実に気づかざるを得なかった時のその悔しさ。
その悔しさが、誰に分かるでしょうか。ええ、分かるものか。
もしここにバービーが今あったら、これらのドレスを着せて、部屋に飾る。それは素敵なインテリアになろうのに。ええ悔しい。ああ悔しい。
その時、私は狂ったのかもしれなかった。
なぜ、あの時、子供の頃、ああも簡単に母の「近所の子に上げてもええやろ」という言葉に同意してしまったのか。なぜいやだ、残しておく、と言わなかったのか。母の鬼のような顔が怖かったのか。
私はその時になって、少女の頃のあの時のことをさんざん後悔した。これほど後悔した事はなかったと言っていいほど後悔した。カッパコミクスの「鉄腕アトム」を棄てた時と同じくらい後悔した。
その挙句に多分、私の中の何かが狂ったのに違いない。
どうしても着せ替えドレスを生かしたい。
どうしても、着せ替えドレスを着せる事のできる人形が欲しい。
さんざん考えた末、思いついた事は、
そうだ、日本にはジェニーという人形がある。あれはリカちゃんより大きいから、きっとバービーのドレスが着られるだろう。なぜ、こんなに身近にそれらしい人形があったことに思いが及ばなかったのだろう。私ってばかばか。
そういうわけで私はジェニーを買おうと思い立ち、まずジェニー本を買って予備知識を得ようとした。
そうしたら、私の知らないところでジェニー文化が花開いており、非常に驚いたのだった。
驚きながら、それでもジェニーを買い、はやる心でバービーのドレスを着せてみた。
合わない。
*
当時、それは91年の冬だっただろうと思う。
私は非常に恥ずかしい思いをしながら(大人がジェニーを買うという行為はそれはとても恥ずかしいのだった)ジェニーをひとつ、買ったが、そのジェニーは何だかとてもぶさいくだった。
あとでそれがブスジェニーだったと知るのだが、それはともかく。
それでも、これでやっとあのドレスたちが浮かばれる、と喜びの気持ちいっぱいで、震える手でバービーのドレスを着せてみたのに、
合わない。
その時の私の絶望。
一度は天国にも上る思いだったものが、再び地獄へ突き落とされた、まさにその絶望に近いものが、そこにはあった。
私は泣いた。声を上げて泣いた。
この世に神も仏もないのか。
私の絶望は、そのように摩周湖よりも深いものだった。
私はこの絶望を忘れようとしてジェニーに走った。
ジェニーは確かにぶさいくだ。でも、見ていたらぶさいくなりに可愛いではないか。それは我が子がどんなにぶさいくでも可愛いと思う親の気持ちにも似て、しかし探せばもっと可愛いジェニーがいるはず、という気持ちを増幅させもした。
そんなわけで、私は、どこかにいるはずの、「もっとかわいい」ジェニーを求めてさまよう旅を始めたのだった。
1991年冬のことであった。
つづく
この項文学的修飾がかなりあり。
intermission
つづき
のちに知ったことだが、その頃18タイプのジェニーがスタンダードに混じって何食わぬ顔で売られていた。
私は、自分の傷ついた心を慰めるため、その18ジェニーをいつしか集めている自分に気がついた。
18ジェニーは、スタンダードジェニーより顔が小さく、またとてもきれいな顔立ちで、初心者の私は、それがエイティーンタイプジェニーだということさえ知らなかったが、明らかにスタンダードとは異なるきれいさに惹かれ、躍起になってそれを探し始めた。
こうして私の迷走が始まった。
だが、神はいた。
神はいたのだ。
私の魂をすくう神はこの世にあったのだ。
いつごろ、なにで、どこで知ったのだったか。
私の願いがまるで聞き入れられたかのように、ある日突然、それはやって来た。デパートに。
その経緯や、なぜなのか、私はなにも知らない。だがそれは突然、デパートにやって来た。
新しいバービーが、デパートで売られている!
それはまさに青天の霹靂のようなものだった。
私が幼い頃遊んでいたバービーとは見る影もなく変身を遂げていて、まったく別物になっていたが、それでもそれはバービーだった。
バービーと名こそついておれ、でか目の、おちょぼ口の、ばかばかしいアニメ顔の、バービーとは似ても似つかぬ、バービーと名乗るもおこがましい日本製の物とは違う。ほんもののバービーだ!
私は思った。
これは、哀れな、病める私の魂を哀れんだ神が、この世に贈ってくれた贈り物なのだと。
その割には口をぽっかり開けたバービーの顔は怖く、下品だったが。
*
私は祈るような気持ちでベネトンテレサを買った。
彼女はかわいらしく、今で言うと、その口の形状からしてステッフィモールドが使われていたようだ。
別に、私のドレスが合わなくても、人形がかわいいからいいじゃないか、と最悪の場合を考慮して、自分の気持ちのバックアップをはかりつつ、私はまたしても震える手で彼女に自分の持っているドレスを着せてみた。
すると…
ああ、なんということだろう。
30年近くの年を経て、彼女のボディは多少太めになっておられたが、それは、ちゃんと着せられたのだった。
オブザーバーよ、喜んでくれたまえ。
何という喜びであろうか。この時の喜びをどのようにしても表現できはしないであろう。
生きていて良かった。
この言葉につきた。
テレサはしばらく、そしてヴィンテージのコート&ドレスを着て私の部屋の箪笥の上を飾っていたのだった。
最後に…
それから、私は猛然とコレクションに邁進することになった。
何かの箍がまるで外れたかのように、狂ったかのように、集め始めた。
それは子供の頃のあのトラウマ、あの人形がない、というあの時の絶望、それが私をそのように走らせたものだろう。
誰もそれを止めることは出来ない。
つづく Beginnig 2へ