07/08/28 夢 架空の店
07/08/28 夢 架空の店
夢を良く見る。が、起きるとすっぱり忘れてしまって覚えていない。夢を見た、ということだけ覚えているのだ。
覚えているものの中で、もっとも多い夢はトイレの夢だ(トイレに行きたいのに、へんな形のトイレばかりが出て来て用を足せないで困っている夢)。
そしていつの頃だったか、町、繁華街、店、駅、などの夢を頻繁に見ることがあった。いつ頃見ていた夢か、もう忘れた。今は、それらの夢は見なくなった。もうずいぶん昔、若い頃の夢だと思う。
繁華街は、私がよく行く四条河原町。そこにある行きつけの店で、毎回買い物はせずに、いつも商品を見ているのだった。
1階は衣料品で、下着などをハンガーに吊るして売っている。下着だけではなかったと思うが、今は下着しか思い出せない。
2階は雑貨を売っていて、イヤリングや、アクセサリー、ちょっとした雑貨、机に置いておく小さなディスプレイ用の商品などがあったと思う。そんなのを手に取って、あれこれと物色している。
何のことはない、繁華街によくある平凡なお店だ。
でもそれは夢で、現実にはない、夢の中だけの店なのだ。
その店に、私は何度も行った。
つまり、その店の夢を何度も見たのだ。夢の中での行きつけの店だ。
あまり見るものだから、今では現実と夢との区別がつかなくなった。
何度も行ったので、1階に何があって、2階にどんなものがあるか、螺旋階段を上って行き、そのすぐ先に何があって、奥に何があるかまで、その店の隅々まで知っている。
あまり知っているものだから、まるで現実にもその店があったみたいに今は思える。
もしかして、実際にあった店だったのだろうか。
けれど、四条河原町付近、と認識していたのは夢の中の私で、現実の今の私は、あれは四条ではなかったようにも思う。
だから、やはりあれは架空の店なのだ…。
四条河原町から三条へ上がる途中にまた行きつけの店があって、そこはうなぎの寝床で、奥がやたらに深い。
1階には本を売っていて、2階には確か雑貨を売っていた。2階というか、どんどん奥へ歩いて行くと、中2階のような大きな踊り場のような所があって、そこに雑貨がある。
その店も何度も行ったことがあるのだが、それも夢なのだ。
実際に河原町通りを北へ辿って行ってもそのような店はないのだ。
しつこいほどその店の夢も見たが、もしかして、「何度も行った」という認識は、夢の中での私の思いだったのだろうか。
デパートの夢も見た。
デパート自体は現実にある、大丸だとか近鉄だとかだ。
けれど、エスカレーターで何階かに昇ってゆくと、すぐそこにおもちゃ売り場があって、バービー人形を売っている。
でも近鉄にはそのような売り場はなかったのだ。
そこには見たことのないようなバービーも売っていて、ずいぶんとそれを欲しかった。
けれども、これらの架空の店で、商品を買うシーンが出て来たことはない。
その架空の近鉄では、屋上があり(実際にも屋上はあるが)、そこは現実のそれとはまったく違う異空間で、近鉄の夢を見ると、必ずその不思議な屋上が登場した。
高島屋か大丸か判然としないのだが、もう一つのデパートの夢も見た。
そこでもエスカレーターが登場し、エスカレーターで階を移動するが、現実のエスカレーターではない。
夢の中でだけ出て来る、架空のエスカレーターだ。1階の売り場も何度も行ったことがあるので、何を売っているか、夢の中では詳細に覚えている。
でも、現実のデパートにはやはりそのような売り場はないのだ。4階か5階に行くのが私のいつもの行動パターンで、そこでは安い衣料品(バーゲンで、平積み)を売っていたのだと思う。
いつもこれというものをチェックして、目をつけているのだが、例によって商品を買ったことがない。買うというシーンは出て来ない。
でも売り場は鮮明に覚えているので、まさかそれが夢だとは到底思えないのだ。
もう一つ、スーパーのような所の夢も何度も見た。
壁際にエスカレーターがあり、やはりエスカレーターで昇っていく。
そこも、何階に何を売っているか、詳細に知っている。あまりにもそこによく行くものだから、始めのうち、それが架空の、夢の中の店だと思わず、現実のものだと思っていた。
いや、夢の中で、それが現実だと思っていたのだろうか。夢に出て来ると、これは現実の店だと、夢の中の自分が思っている。
夢から覚めると、今しがた見ていた夢は忘れてしまうのだから。
レコード屋さんの夢も見た。
これは、まだCDでなくレコードの頃の夢。海外のロックのアルバムをたくさん売っていた。
文房具屋さんの夢も見ている。
それはとても大きな店でガラス張り、どこにあるのだったか覚えていない、いつの間にかそこに到達している(夢ではいつも、どこへ行くにもいつの間にかそこへ行っていて、どのような交通手段で行ったかが省かれている)。
屋根というか、天辺がとんがっているような奇妙なガラスの建物なので、町の中でよく目立つ。でも売っているのは平凡な文房具だ。
本屋の夢は、いっそう奇妙に覚えている。
おそらく、歩いてそこへ行く。
そこは、寺町通りのようでもあり、もうひとつ別の通りかもしれない。
もしかしたら、今出川付近だったかもしれない。
今出川の学校に行っていた頃、実際に今出川の交差点に本屋があったのだが、よく考えたらその本屋は、夢の中の本屋と売っている商品が違う。ディスプレイも違う。
でも、ひょっとしたらその店だったかもしれない。
その店が夢の中に出て来たのだろうか。
良く分からない。
ともかく、狭い店内に所狭しと本が置いてあり、まるで古本屋のように古い本もある。洋書もある。
店先の様子も覚えている。本屋のどこにどの本が置いてあるかも良く知っていて、いつも同じところへ行く。
行くのはその店の本棚の裏側で、そこにはアート系の洋書や叢書などがずらりと棚に並んでいるのだ。
その中の、あるシリーズをいつも見に行く。例によってレジへ持って行って買うことはしないのだが、私の目当ての本があるかなと探し、あると安心する。
その本屋で本を買ったということを覚えていないので、それでそれが夢だったと判断している。けれども、曖昧だ。確かではない。
やはりもしかしたら、実際の本屋だったのかもしれないとも思う。
丸善の夢も見た。
丸善は実際にある店だ(今はなくなったが)。
でも、さっきのバービー関連で丸善が出て来た。
丸善がまだ改築する前の、古い建物だった頃の確か2階か3階にジグソーパズルの売り場があった。これは、現実だ。
そして夢の中では、そのジグソーパズルを売っている一角に、なぜかバービー人形を売っているのだ。
当時、バービーはまだ日本では一般に売っていなかった。再販されるようになったのは91年頃からだったと思う。
私が夢を見ていたのは多分その頃ではなかったかと思う。ひょっとしたら、再発売され始めた頃だったかもしれない。
バービーに飢えていたのだ。
バービー人形が欲しい、と思いながら、なかなか目当てのバービーにめぐり会えない。なかなか思うようにバービーを買えない。
そんな焦燥感が夢になっていたのだろう。
ただ、夢の中でも売っているバービーは微妙で、思わず欲しい、と思うようなものではなく、見たことはないものだが私が欲しがっているバービーではないのだった。
手が届きそうで届かない、それが夢である所以だったのだろう。
店ではないが、映画館の夢がまた、奇妙にも奇妙だった。
河原町の三条付近の東側だったか西側だったか、新京極の東側か西側だったかもしれない。
あのあたりの繁華街を少し東西(を走る通)に進むと確かカドにその映画館があった。
二番館で、ロードショーから落ちた少し古い作品を上映している。
スクリーンは確か二つあり、時々ポルノ(当時の言葉で言うとピンク映画)を上映していたので、いざ中へ入るのが少し恥ずかしい。
けれども、一般の映画も上映していたのだ。洋画が殆どだが、邦画も時折上映していた。映画館の中も覚えていて、客席の感じも覚えている。映画館の中は大抵空いていた。
客席数は二番館なのであまり多くない。
けれども結構広くて、2階席はないが、途中、真ん中へんに通路があり、しきりがしてあった。
ポルノも上映する映画館なので、少し怖い感じがした。
どんな映画が上映されていたかだけ、もう思い出せないのだが、以前は覚えていた。
映画館へ入る時も、上映が終わって出て来る時も覚えている。スクリーンは分かれているが、ロビーはひとつで、映画が終わると隣りのスクリーンを見ていた人と一緒になる。
入り口が同じなので、スクリーンを間違えないかと毎回神経をとがらした。入り口を入ると地下というか、下へ行く低くて横に広い階段が何段かあり、その下に広いフロアがある。
(下から上へ上がったかもしれない。記憶が曖昧だ)けれども、これだけ覚えているのだから、今となっては現実にあった映画館のような気がしている。
でも、河原町三条(下ル)より東に映画館はないし、新京極周辺にも私が思っているような映画館はないので、やはり夢なのに違いないのだが、それでも、細部まで異様にはっきりとしていたので、あれが夢だとはとても思えないのだ。
以上、夢の中での架空の店体験を綴ったが、架空体験はまだまだある。
駅、電車、バスでえらい遠くへ行ってしまう夢。町そのもの。それらはまた次に。