ウィーンフィルの
ニューイヤーコンサート

2002/1/8

 

今年のウィーンフィルのニューイヤーコンサートは、小沢征爾が指揮だったので、NHKでも特集を組んだり、いろいろと話題になったみたいだ。

小沢征爾氏は、今年の夏ごろからウィーンフィルの音楽監督に就任することが決まっているそうだから、それを踏まえての、ニューイヤーコンサートへの登板だったのに違いない。

私はクラシックというのは、本当に良く分からない。
交響曲など、聞いていると眠くなって違うことを考えてしまうし、それよりもまずあのように長い曲を最後まで覚えられない。
覚えようとしても長い時間がかかる。
ポップスのように3分聞いたら覚えられると言う訳ではないのだ。

だけどもクラシック音楽に対してコンプレックスのようなものがあり、もし(クラシックを)知っていれば優越感に浸れるだろう、というような屈折した憧れが、自分の中にあるような気がする。それで、わりと興味はある方だと言っても良いかもしれない。
一時はクラシックを覚えようとして、ことさら無理に聞いたこともあった。

クラシックは今もよく分からない。
が、ただ何度聞こうとしても長大な交響曲などは退屈で、聞く気も起こらなかったりするが、しかし管弦楽の方は、あまり肩がこらないので、気軽に聞けるし、好きな曲もないではない。
コンチェルトもソロイストの技が楽しめるし、近年では、オペラにも興味が出て来た。
こうしてみると、結構クラシック音楽を聞いているのかもしれない。

またことにクラシック音楽のうち、いくつかのあるものは、私にとってとても馴染み深く、楽しいものがある。
そのひとつがワルツだ。

♪♪♪

 

さてウィーンフィルのニューイヤーコンサート。
このコンサートは、肩がこらないということでは、本当に肩がこらない楽しいコンサートだ。

演奏される曲目は、ワルツかポルカである。
ワルツ王と言われるヨハン・シュトラウスを初めとして、シュトラウス一家が書いた曲目だけで構成されている。

詳しいことは知らないが、恐らくシュトラウス一家が、ウィーンの正月を寿ぐために始めたのがニューイヤーコンサートのはじまりだったのではないか。
それで毎年、今でも世紀末のウィーンで活躍したシュトラウス一家に敬意を表し、ニューイヤーコンサートは伝統的に彼らの曲を演奏するのだろう。

演奏するのはもちろん、世界で最高峰のオーケストラ、ウィーンフィル。
ムジークフェライン…楽友協会というコンサートホールで、演奏される。
美しい建物で、シュターツオーパーと共にウィーンフィルの根拠地だ。

シュトラウスファミリーの曲は、ワルツやポルカばかり。
演奏時間も短いものばかりで、なじみやすく、少しもむつかしくない。
当時の流行り歌、当時のポップソングだったのだと思う。


*シュトラウスファミリーのワルツやポルカといっても、彼らは膨大な数の曲を書いているらしく、沢山の曲があるので、後述の「ドナウ」と「ラデツキ―」を除いては、毎年、演奏される曲目は変わる。
もちろん、有名な曲は毎年演奏されることもある。

 

♪♪

 

私はウィーンフィルのニューイヤーコンサートを、殆ど毎年ビデオに撮っている。

去年、それがどういうわけかうっかりビデオ録画するのを忘れていて、それで今年はテレビが半分写らない状態なので、録画する気もなく、そのままにしてしまい、何だかこの所ニューイヤーコンサートから遠ざかっている。

元旦の夜といえば、昔はかくし芸大会が放送されていたので、つい家族とそちらを見てしまうから、コンサートはいきおい録画、というパターンだった。

でも録画しても、それを見なおす、ということは滅多になくて、だから中継をその時見ている以外は、せっかくビデオに録画しても、あとで見るということはあまりないので、結局録画しても意味がないと言えるのだが。

今年の小沢氏は、少し興味が惹かれたが、それでもビデオには録画していない。
元旦もなかなかゆっくり見ている暇がなかったし、後日再放送されたものを所どころ見ただけだ。
放送全部を見たわけではないのが少し残念である。
それでも、やはりニューイヤーコンサートというものは、雰囲気があるものだ。
全編見たかったな、と思った。

 

日本で初めてウィーンフィルのニューイヤーコンサートが中継されたのは、80年の半ばだっただろうか。
80年代の初めころだったかもしれない。
その時の指揮者はロリン・マゼールで、日本への初めての放送だというので、マゼールが、日本語で挨拶していたのを覚えている。

私は、その初放送のとき以来、ニューイヤーコンサートを毎年ビデオ録画しつづけてきた。

ウィーンフィルのニューイヤーコンサートの元日の中継、というのは特別に意味がある。

一つは、それが衛星生中継だということだ。

つまりウィーンで演奏されているその時間に、ウィーンのそのままの映像が、ライブで日本の茶の間に届けられる。

コンサートの様子は、昔から全ヨーロッパに生中継で放送されていたが、アジアにまで生で放送されるのは快挙だと思う。
日本の炬燵の中にいながらにして、ウィーンのワルツに浸れるなんて、なんて贅沢なことだろう。

そしてもう一つは、ウィーンにとって、このニューイヤーコンサートは、本当に町をあげてのお祭りだということだ。

 

ウィーンでは大晦日にシュトラウスの「こうもり」を上演し、元日にはニューイヤーコンサートを行なう。
それが慣例というか、恒例というか、お約束になっているのだ。

日本で大晦日に紅白を見、元日にはかくし芸大会を見るような…
あるいは、年末に第九を演奏し、年頭にはドヴォルザークの「新世界より」を聞くようなもの…、と言えばいいのだろうか。
それとも大晦日の夜におけらまいりに出かけ、元日にお稲荷さんへ初詣に行く…
そんな感覚といえばいいのだろうか。

時差があるから、日本でニューイヤーコンサートが生中継されるのは、元日の夜8時ころ(この時間帯も、ゴールデンタイムという、日本人にとっては実にありがたい時間ではないか)だが、現地では年が明けたばかり、つまり日が変わり、元日になったばかりの時(真夜中)にコンサートが開始される。
京都の人間ならおけらまいりに行こうか、という時間だ。

まさにその時間にコンサートが始まる、それは、ウィーンの人たちが新しい年の始まりを祝う、そのお祝いにほかならないのだ。
ウィーン子たちの新年へのカウントダウンが、ニューイヤーコンサートと言えるだろう。

そのくらい、ウィーンフィルのニューイヤーコンサートは、「こうもり」と共に新年の催しとして、ウィーン市民に膾炙しているのだ。
だから、ニューイヤーコンサートは、まさにお祭り。
本当に、理屈抜きに楽しい。
また理屈抜きに楽しむのが、ニューイヤーコンサートだと思う。

♪♪♪

 

日本に生中継されるようになってからも、様々な指揮者が、このニューイヤーコンサートを指揮して来た。

私が見て来たこれまでのニューイヤーコンサートで、1番指揮した回数が多いのが、前述したロリン・マゼールだろう。

そのほか、今をときめく第一線で活躍中の綺羅星のごとき指揮者が歴代のニューイヤーコンサートの指揮を務めて来た。

私が見て来ただけでもズビン・メータ、リッカルド・ムーティ、それにカラヤンも指揮台に昇った。
あのカリスマ指揮者、カルロス・クライバーも、指揮している。

歴代の指揮者の指揮ぶりを楽しむのも、ニューイヤーコンサートの楽しみ方の一つだろう。

どういうわけか、カラヤンが指揮した年はビデオに撮っていないのだが(多分撮る必要なしと判断したのだろう)、クライバーの指揮(最初のもの)は、ちゃんとビデオに録画してあるのだ。
私はそれがちょっぴり自慢なのだ。
二度目の時のは録画しそこねたらしく、残っていないのだが、クライバーの最初の時は、私も彼がそんなにすごい指揮者だとも、何も知らない時で、いつものようにただ録画していたのが、のちのちお宝になったのだ。

尤も私は、指揮者が変わったからといって、演奏が別の指揮者とどう違うのか、ということが皆目分からない。
ニューイヤーコンサートも毎年聞いていても、多分違うのだろう、くらいに思うのが正直な所で、差など分かりはしないし、ましてやクライバーといっても、そのありがた味さえ分かっていないのだ。

だけども、そんなことは、とりあえずどうでも良いと思う。
それでもニューイヤーコンサートは、楽しめてしまうのだ。

♪♪

お屠蘇気分で演奏される肩の凝らない演奏会だから、指揮者も楽しそうに指揮している。

ロリン・マゼールのように、自分で楽器を弾く人までいる。
マゼールは、もともとバイオリンをやっていたそうだ。
だからいつかのニューイヤーコンサートでは、バイオリンを持ち出し、ソロをとった。

彼は顔は恐そうでいかついが、実はとてもお茶目で楽しい人なので、いろいろやってくれるのだ。
カルロス・クライバーさえも、なりものを鳴らしていた。
初演の時に使われたと言って、大砲まで持ち込んだ人もいた。

指揮者もいろんな人がいて、熱血で汗をかいてアクションしまくる人、冷静で控え目なアクションの人、様々で、その指揮ぶりを見ているだけでも面白い。

またニューイヤーコンサートにはいくつかの決まりというか、約束事があって、それの最大のものは、一番最後の曲目が「美しく青きドナウ」であること、そしてアンコールが「ラデツキ―行進曲」であることだ。

この二つの曲順は、誰が指揮者だろうと、絶対変わらない。
もう、必ず、誰が指揮しても、ドナウとラデツキ―は、カップリンクで、最後に演奏されると決まっている。
観客は、そのお決まりを楽しみにしているのだ。

指揮棒が振られ、「ドナウ」の、バイオリンの第一声が鳴り響き、さて…というところで、必ず客からのブーイングが起こる。
指揮者は、そこで仕方なく指揮棒を止める。
(いかにも仕方なくという感じである)
観客は、やがて催促の拍手をし始める。

そうすると、やおら指揮者は観客の方を振り向き、指揮棒を振って、ウィーンフィルの団員と共に、こう言う。
"プロージット・ノイヤー!"

新年おめでとうございます、と。
指揮者は、そこでやっと満足した観客から背を向けて、今度は本当に「ドナウ」の演奏を始めるのだ。

「ドナウ」が終われば、いよいよ本当にラストの一曲になる。

*「美しく青きドナウ」というのは、「2001年宇宙の旅」で、宇宙ステーションがゆっくり回っている映像に使われていた曲だ。

 

「ラデツキ―行進曲」は、客が必ず手拍子をすることになっている。

その手拍子も、大きい手拍子、小さい手拍子、手拍子をしないサビの部分と、いつの間にかちゃんと決まりが出来ていて、観客はその通りに手拍子を打たないと気がすまない。

大抵、指揮者は、このアンコール曲になるともうオーケストラの方は向かないで、観客の方を向き、客の手拍子を指揮するのに夢中になっている人が多い。

ロリン・マゼールも、殆ど客の方を向いたままで、オーケストラなんかほったらかしだったような気がする(笑)。
もちろんウィーンフィルなので、指揮がなくても立派に演奏が成り立つのだ。

そんなこんなで、オーケストラと指揮者、そして観客が一体となってラスト、盛り上がり、賑やかに終わるのが、ニューイヤーコンサートのまたお約束なのだ。

お屠蘇気分だからと言って、もちろん演奏がおざなりという事は決してない。
ウィーンフィルだから、超一流の演奏である。

ただ、演奏会に来ている観客*だけでなく、生中継のテレビを見ている人たちも、楽しませるという考えが一番先にあるのだ。

*多分、少ない切符を、大変な争奪戦を演じてゲットした人々だろう。

普段はむつかしく、厳粛な面持ちで楽譜とにらめっこしているウィーンフィルの楽員も、この時ばかりは誰もがリラックスしているように見えるし、楽しそうだ。

 

今回、小沢征爾氏は、「美しく青きドナウ」の前に、楽員一人一人に、各国語で新年の挨拶をさせていた。
楽員が一人ずつ立ち上がって、"ハッピーニューイヤー"だとか、"ボナーネ"だとか言う。
最後にコンサートマスターが何と、日本語で"新年おめでとうございます"と挨拶してしまった*。
小沢は、仕方なく(?)中国語で、挨拶した。

そして、最後に楽員みんなが、小沢の指揮のもと、ドイツ語で"プロージット・ノイヤー"。
こんな所も、ニューイヤーコンサートならではの楽しさだ。
もちろん観客にはおおうけ。

指揮者、楽員の人たちが、見ている私たちにおそらく一番身近に感じられる演奏会。それが、このニューイヤーコンサートだと思う。

その年の指揮者が、それぞれにいろいろと演出をして、楽しませてくれる。
先にも言った、こわい顔のマゼールが一番そういう事が好きで、あれこれと工夫して笑わせてくれる。
自分でバイオリンを弾いたのも、その一つだろう。

*このコンサートマスターは、奥さんが日本人だとのこと。

♪♪

 

そして、テレビ中継を見ている人だけの特典として、ウィーンの国立歌劇場つきバレエ団のバレエ映像が、音楽の演奏中に挿入される。
これは、どんな有名な、どんなカリスマ指揮者の指揮の時でも、演奏途中、いくつかの曲でバレエ映像が入る。
これもお約束だ。

一流のバレエ団が、ワルツにあわせて美しいバレエを踊るのだが、踊っている場所は、コンサート会場ではなく、ウィーンの名所旧跡である。
例えばシェーンブルン宮殿内とか、ウィーンの公園(?)とか、そういう所で踊っている映像だ。

それが、その時ライブで踊っているのか、それともあらかじめ前もってその場所へ行って踊っておき、オンエアのとき、音楽に合わせてその映像を流すのか、それが良く分からないのだが、一度、放送での解説で、バレエダンサーがその時間にその場所へ行き、そこでライブ中のウィーンフィルの音楽を流して踊るのだ、というのを聞いたこともあるような気がする。
でも編集がされているような気もするので、あらかじめ撮っておくのかもしれない。

ともあれ、今年は、プリンシパルダンサーとして、ウラジミール・マラホフが登場していたのが豪華だった。

指揮者の指揮ぶりを見たい人には邪魔な映像かもしれないが、大多数の人にとって、ワルツの間、この美しいバレエ映像を見るのはとても楽しいことだ。

まるでバービーが着ているドレスのような美しいチュチュを身にまとい、美しいダンサーたちが、豪華なお城の中で舞踏会のように、豪奢な一糸乱れぬワルツを披露する。
夢のようなひとときが、そこにある。

ウィーンのオーバンパルは、日本でも有名になって来て、勘違いしたテレビ局が女優を連れて、このオーバンパルにデビューさせたりしている。
でも、この国立バレエ団によるワルツの夢のような美しさは、夢であるから美しいんだと私は思う。

さて、ウィーンフィルのニューイヤーコンサートの楽しさとつきない魅力…。

物まね大会もいいけど、新年に、ゆったりした気分で、ワルツやポルカに耳を傾けるのも悪くはないと思う。
いい音楽を聴いたら、心も豊かになり、新しい気分でいい年を迎えられるかもしれない。

いちど、ムジークフェラインの扉を開いて、ニューイヤーコンサートを楽しんではいかが?…


註) 確めないで記述しているので間違いがあれば、申し訳ありません。
   正しい事実をご存知の方は、ご教示下さればありがたいです。

 

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