祇園祭

00/7/10

7月に入ると、京都の繁華街では、いっせいにコンチキチンの祇園囃子が聞こえてくる。
それはテープの録音の音で、繁華街のスピーカーが、録音したお囃子を流しているのだ。
この音を聞くと、我々京都人は、祇園祭の月になったのだと思うと同時に、今年も夏が…暑い夏が来るのだなあという感慨を抱く。

祇園祭の山鉾巡行の7月17日、この日までは梅雨が続くことを、京都人は知っている。
巡行が済んだら、いよいよ夏だと身構えるのである。

祇園祭は京都の三大祭のひとつで、一番有名で、かつ派手なことは周知のとおりだ。
祭りというと、他府県の人間は勇壮で、アクティブなものを連想するに違いないが、京都の祭はお公家さんの祭である。
御輿がわっしょい、というような力強いものではなく、ただ町中をだらだらと練り歩く。
練り歩くのが京都の祭なのだ。

それでも、祇園祭は、だらだらと歩く祭の中でも、最も活発で華やかだ。
高いビルくらいの背のある鉾が、路地を、車体を軋ませながら通って行くのはスリリングだし、四つ角で行われる「辻回し」は、喚声が起こるほどダイナミックで、見応えがある。
パフォーマンスを楽しめる「くじ改め」も人気だ。
何より、祭りが何日も続き、巡行前に、ムードが徐々に盛り上がってゆくところがいい。

***

鉾は、巡行の1週間前くらいから建てられ始める。
釘というものを一切使わず、太い荒縄を使って、柱や木材を縛り、鉾を組み立てるのである。
巡行が終われば再び解体され、もとの木片にされ、倉庫にしまわれる。

鉾は、ビルの高さくらいあるが、あれはそのままの形で保存されているのではなく、解体されて1年間眠っているのである。
そしてまた1年後、木片は荒縄を使って町中で組み立てられ、鉾の形になる。

組み上がった6畳ほどのスペースの中に、何十人という囃子方が入り、祇園囃子を奏でる。
日頃テープで聞いている音と、実際のコンチキチンの音は、雲泥の差である。
その澄み切った、いさぎのよい音色は、ライブで聞くと格段の迫力があるのだ。
暑い最中、わざわざ人ごみに出ようという気になれなくても、このお囃子を聞くのは、何より楽しい。そのために出かけても損はない筈だ。

***

祇園祭は平安の昔、疫病が流行り、その治癒を祈って祭りを興したのが始まりだそうである。

巡行では、32基の山鉾のうちで、長刀鉾が先頭になるのだけは決まっているが、その他の山鉾の順番は毎年くじ引きで決められる。
そのくじを、当日市長の前で確かめるのが「くじ改め」。

鉾は、女性が曳くのは認められていない。長刀鉾は、女性がその上に上がることさえ禁じられている。
別に性差別だとか、声を荒立てることではない。
禁忌というのは、こういう場合、あるのが神秘的だ。私は構わないと思う。
昔は各鉾にお稚児さんが乗っていたというが、現在はやはり長刀鉾のみで、他の鉾には稚児のマネキンが乗っているのみなのが、残念だ。

大きな、動力のない鉾を曳くのは人間の力だが、一基を曳くのには沢山の人間が必要だ。
たいがい大学生のアルバイトを雇っているのだが、そう聞くと、なーんだ、とよその人はがっかりするだろうか。

しかし、鉾曳きには、この鉾にはこの大学の学生、という割当が、京都では古来より決まっている。
つまり、●●鉾は京都大学の学生が曳く、という風に、ずっと伝統的に担当が決まっているのだ。
京都では、大学に入学した途端に、この大学は何鉾担当ということを教えられる。
鉾を引くことが、一種のステータスにもなるのだ。
近年は、外国人もよく鉾引きに参加するようだ。
思い出になるからというが、なるほど、これは日本でのいい思い出になるだろう。
たとえ、はたから見ればだらだらと、だらけながら歩いているようにしか見えなくても、参加する者は、結構あれで満足なのかもしれない。

観光客にとっては巡行の17日が祇園祭のクライマックスだが、地元の人間にとっては、その前の日にあたる宵山、前の前の日の宵々山が楽しみとなる。

十万人以上の人出があり、四条通は歩行者天国になり(京都では年に一度だけだ)、完全に徐行で歩かなくてはならない。
女性はここぞとばかり浴衣を着て出かける。
この日が唯一、浴衣を着る日なのである。

 

暑さは人ごみでピークに達する。
暑い京都の夏を、より暑く過ごすのが、京都人の粋なのだろうか(そんなわけない)。
毎年、雨がよく降ることでも知られる。

 

[TOP| HOME]