2000/7/10

 

私の父のことを書くが、京都に大変関係が深い内容であるので、この「from京都」に書くのに相応しいと判断した。

私はファザコンである。
以前隠しページに使っていたように、大変なファザコンだと言っていい。

どのくらいファザコンかと言うと、もしおとんが死んだら、そのしゃれこうべを貰って来て部屋に飾っておき、毎日磨いておとんに挨拶をしたい。
そのくらいファザコンである。

しかし、しゃれこうべをきれいに残すには、風葬で、乾いた空気にさらされないといけないらしい。
それであるから私の望みはかなえられないようだ。

こんなにファザコンになったのは、しかしそう昔のことではない。
ほんの数年前からだ。
自分がある程度年をとって、親のありがたみが分かってきた頃からだろう。

***

父は、B型、お茶目でそそっかしく、粗忽者だが、優しく、心が広い。
優しいというその優しさが、特定の人間にだけ優しいとか、女性だけに優しいという優しさでなく、人間の大きさを感じさせる、包み込むような優しさなのである。
人格が出来ているというか、人間として、格があるのである。
そんな父だから、私はファザコンになってしまったのだ。

このように私は父を愛していると公言してやまないが、こうして文章として書くことと、行動とは一致していないかもしれない。
現実においては、生活していてむしろ父を邪険に扱っているような気もする。
何か喋っているのに、うざったいので聞いていないふりをする。
ボケているのに突っ込まない。
本当にぼけていたら、軽蔑する。

こんな具合で、気持ちと行動がうらはらなのが、私の欠点であろう。

***

さて、そんな粗忽な父は、職業としては伝統工芸士という肩書きを持つ、職人である。
正確に言うと、「扇子折加工業」という「その他の事業主」に属し、「扇子折加工師」という職種名の職人なのである。

扇子加工業は、京都の伝統工芸産業である。
西陣織ほど派手ではないが、昔から京都に伝わって来た伝統工芸である。
俵屋宗達や、尾形光琳も、扇面に図を描いた。
平安時代から続く工芸である。

完全な分業制で、扇子の絵を描く者、扇子に折り山をつける者、扇骨を作る者、扇面と骨をドッキングさせる者、…大雑把に言って、このくらいの工程を、それぞれ専門の職人が担当する。
「問屋」と業界で言われているコーディネーターが、それぞれの職人の間を、ブツを持って走り回る。

近年では、正当に「あおぐ」という実用方面で使われることは少なくなり、むしろ舞妓さんの踊りの時の舞扇、能に使う中啓、床の間に飾っておく飾り扇などが主流であろう。
修学旅行生が、1日体験で下手な絵を扇面に描き、記念に扇子に仕上げて贈呈する、という観光者用の扇子も、最近では流行っているようだ。
いろいろなことをして、存命を計っているらしい。

***

我が父は、この扇子加工の工程のうち、「折り」という部分を担当している。
この折りというのは、扇子の工程のうちで、最も報われない作業である。

伝統工芸の展覧会などに作品を出品した場合、展示された扇子を見て、「素晴らしい絵柄だ」と誉める人はいるだろうが、誰も「うむ、この扇子の折山は大変正確で、察するにベテランの技だな」などという見方をする人間はいないだろう。

しかし、作業としては、見た目が一番派手で、見栄えがするので、時折取材などを受けているようだ。

折りというのは、扇面に、文字どおり、扇子をたたむ事の出来る折山をつけて行く作業である。
この工程がなければ、扇子はうちわと区別がされないだろう。
重要なポイントと言っていいであろう。
これには、非常な熟練した技術が必要であり、素人が見ると、手品のようである。
父は、誰もがなし得なかった、折山65もの扇子を作り上げたことが、自慢である。
(別に、誰も作ろうなどと思わなかっただけのことであるが。)

***

扇子の折の工程には、刃物を使う場面がある。
扇に使う刃物は、ほぼ正方形のような形をしている、扇を切る刀である。

父は粗忽者なので、刃物でよく手を切る。
いつも同じ部分を切るのだ。
左の親指だ。
大きな刀で、親指の爪などを削いでしまう。
一度は、爪だけでなく、指の肉も削いでしまった。

近くの医者に駆け込んだあと(何故か内科へ行く)、母が仕事部屋へ行ってみると、小さい赤いものが転がっていて、何だろうとよく見ると、爪のついた指の肉だったそうだ。ぞぞっ。

刃物での怪我は、同業者ならずとも、刃物を扱う仕事をする者にとっては、避けられない事かもしれない。
だが、父のユニークな所は、ただ怪我をするだけではない。

***

ある日、雨がそぼ降る夜、仕事を終えて私がバスで帰宅し、バス停を降りると、雨を心配した父が傘を持って迎えに来てくれていた。
しかしあいにく雨は上がっており、せっかく迎えに来てくれたが、傘はささなくても良かった。
その帰りの道すがら、父はやおら包帯をぐるぐる巻きにした左手の親指を示し、指を切った、と私に報告した。

どんな具合か、と聞くと、爪が飛んだ、と言う。
私は心を痛め、父を気の毒がった。

家へ帰ると、母が、"雨は上がっているのだから、わざわざ迎えに行かなくても良いのに"と愚痴をこぼした。
"いっこくでも早く●●●(私の名前である)に報告したいものだから、雨も降っていないのに、迎えに行ったのだ"と言う。

どうやら、父は怪我をすることが嬉しいのではないか、という気がして来た。
怪我をすると、人に言いたくてたまらなくなるらしい。
多分、怪我をして、人に「かわいそうに」、と気の毒がってもらいたいらしいのだ。

ちょっと、お茶目なところのある父なのである。

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