09/01/31

絵画の流行

 

長いあいだ、西洋絵画の歴史と評価は不変で、普遍的なものだと思い込んでいた。

中世絵画、ルネッサンス、バロック、古典主義、近代、印象派…といった西洋絵画の歴史と流れ、評価はもう既に定まっている。

人類の歴史が、今から変えようと思っても変えることが出来ないように、西洋絵画の作品の流れも価値も、その評価と共に変わらないものだと。日本画も同様だ。

ルネサンス時代の画家も、バロックの画家も、ひととおり知られていて、評価されている。
美術史家や研究家によるそれらの研究や紹介は、しつくされているだろう。

現代画家でない限り、もう新たに新しい画家が急に脚光を浴びたり、無名の画家が急に有名になったりするようなことはないだろう、そう思っていた。

 

たがしかし絵にも流行がある、ということが、最近になって分かって来た。

歴史の事実と同じように遥か過去に描かれ、出来上がっている絵が、その時・その時代で浮き沈みがあるとは、にわかには信じられないことだ。

けれども現実には、その時代によって絵や画家が受け入れられたり、まるで知られていなかったりする事例が、数多く存在するのだった。

 

代表的な事例に、マニエリスム絵画がある。

ルネサンス後期の作家や作品群は、従来はルネサンス絵画が硬直したものとしてあまり評価されていなかった。

それが、ルネ・ホッケなどを始めとする美術史家の積極的な発掘・評価により、ルネサンス期の絵画とは別に、マニエリスムという名称を冠した一群の作品として定着した。

日本でも澁澤龍彦が評価し、若桑みどりが詳細に研究を行っていた。

従来の評価がまったく覆ることがあるのだ。

 

このようなことは、他にもあった。

たとえば、ラファエル前派。

ラファエル前派は、日本では、明治時代には知られていたらしいけれど、昭和から戦後になってからは忘れ去られていた。
むしろ古臭く陳腐なものとして敬遠されていたようだ。

それが、1960年代から70年代の価値転換の時代に再評価され、知名度が上がり、雑誌に特集が組まれたり、展覧会が開かれるまでに人気が再浮上した。

この時、ラファエル前派の画家たちが発掘されて、バーン・ジョーンズやロセッティ、ミレイなどの名前は、美術史において市民権を得るまでになった。

日本ではそれまで評価されていなかった象徴派も注目されるようになった。

イギリスから始まって、ベルギー、フランスなど、様々な国の象徴派画家の発掘が行われた。

そしてさらに、その象徴派ブームとでもいうべきものが一段落すると、ブームは沈静し、再び彼ら象徴派の画家は第一線から身を引いて行ったのだ。

 

また例えばルネ・マグリットの例がある。

私が若い頃(って、いつ?)、マグリットはすごく人気があり、展覧会も頻繁にあり、マグリットの絵はあちこちで見かけ、町に溢れていたし、その名前も作品も人々によく知られていた。

暖炉から列車が飛び出して来る絵や、顔がりんごの紳士や、女性の顔がヌードになっている絵や、鳥が大空を飛び立つシルエットの絵を、覚えている人も多いだろう。

けれども、近頃はマグリットの展覧会が開かれた話を聞いたことがない。

マグリットはあの頃一時的に人気があったものの、最近では人気がなくなったのだ。

いつの間にか名前も忘れ去られてしまった。存在も忘れられている。

そう考えるしかないだろう。

あの頃、「これはパイプではない」というタイトルのパイプの絵を、したり顔で神妙に解釈したり、大真面目に説明したりする人がいた。

でも今はそんなこと、誰もが忘れ去っている。

絵画にも流行り廃りが確かにあるのだ。

その時にもてはやされる画家、流行している絵、というものがあり、それはまさしく流行で、流行が終われば人々に忘れられてしまう。

 

もうひとつ、私が子供の頃、家にはフランス近代絵画の絵画全集があったのだが、その中にベルナール・ビュッフェの画集があった。

ビュッフェという画家など、マグリット以上に現在ではもう名前を聞かないし、評価もされていない。

以前には美術の教科書にも掲載されていたほどなのに、今や週刊の絵画集にその名前の回が刊行されることも皆無だ。

 

このように、絵画の世界にも流行りすたりがあることを、ようやく理解するようになった。

まるで流行歌の一発屋や漫画家みたいに、絵画の世界にもブームがあるのだ。

フェルメールの流行りっぷりを見るとその感をより深くする。

フェルメールは私も好きな画家ではあるけれども、近年の流行りっぷりには異常なものがあると思えて仕方がない。

 

フェルメールが流行する理由はいくつかあって、それはよく分かる。

作品が少ないので集めやすい、展覧会を開きやすい。

絵が分かりやすく、また謎もあるので講釈がしやすい。

エピソードにこと欠かない(贋作事件など)。

テレビの番組で特集を組める画家として、レオナルドとフェルメールは既にひとつのコンテンツと化している感がある。

言わば定番商品だ。

いったん人気に火がつくと、どんどんと流行りが加速してゆく。

人気が出て、その人気が定着すると、画家と作品はブームから定番商品へと昇格する。

これさえやっときゃ客が入る、という形になり、こぞって展覧会やテレビ番組が取り上げるようになる。

 

そうした中で、かつては持て囃された画家が忘れられ、消えてゆくこともある。

人気は出ても、それはいっときの短い間だけで、定着せずに終わってしまう。

マグリットしかり、ビュッフェしかり。

彼らのような忘れられた画家は、実力がなかったということなのだろうか?

彼らの絵には普遍性がなかったのだろうか。

 

フェルメールのように、かつてもてはやされた画家にゴヤがいる。

ある時ゴヤの展覧会が開かれて、日本で一気にブレイクしたのだ。

それからはゴヤは画集でもつねにランクインし、第一級の画家の扱いになった。

着衣のマハと裸のマハ、同じ構図で二つの絵があるあたり神秘的だし、ゴヤが主役の映画まで作られた。

そんなところもフェルメールに似ている。

それでも今では以前のようにゴヤを持ち上げる人はあまりいない。

ゴヤは決して悪い画家ではない。美術史上、重要な画家であることには間違いがないだろう。

けれども私は同時にあの頃、世間が言うほどすごい画家だとも思わなかった。

つまり、レオナルドやレンブラント、ベラスケスなどと同等に語られる画家ではないように思ったのだ。

実際にそうなのかどうなのかは良く分からない。

私の中では、ゴヤという画家の重要度はベラスケスに劣る、という認識だった。

同じようにエドアルド・ムンクも展覧会が開かれてブレイクしてから、日本では「叫び」の画家として人気があるが、重要度としては「第一級ではない」と考えている。

 

このようにいっときもてはやされ、人気が出て、特級の知名度を獲得する画家でも、美術史の中で見た場合、知名度ほどのものでないことも、時にはある。

なぜこういうことが起こるのだろうか。

西洋美術、または美術史というものは普遍で、変化しないものだと思っていたのに。

 

流行歌のように、その時々の風潮や時代の雰囲気、気運などがあり、絵画の流行にもそれらのことが影響を及ぼしているのかもしれない。

若い頃、私は日本画にはまったく興味がなく、というより、浮世絵くらいしか知らないような無知だったが、年を取って来るとなぜか日本画に興味を抱くようになり、むしろ西洋絵画よりも日本美術に目が向くようになった。

これは個人的な趣味の変化だけれども、時代や、社会全体の文化的な変化も、こういうことに少し影響があるのではないかとも思う。

 

70年代以降、日本人が豊かになり、海外旅行が盛んになって、ヨーロッパへ行く人が増えた時、それまで日本に輸入されていた印象派の絵画以外に、いろんな西洋美術があることを日本人は知るようになった。

ヨーロッパから持ち出すことが出来ない美術品を現地へ行って見たことにより、それらが日本人に広く知られるようになった。

例えばゴシック教会だとか、中世の城とか、ルネサンスの壁画だとか、ルーベンスの絵とかだ。

そこから西洋絵画といえば印象派、くらいの知識しかなかった日本人が、それ以外の様々なヨーロッパ美術の存在を知り、幅広く西洋美術に興味を持つようになった。

西洋絵画に関する美術出版は、それまで印象派一辺倒だったものが、西洋美術全体を概観するものになったり、全体を紹介するものに変わって行った。

このような文化的変化は、時代の流れに沿った、言わば考えられる当然の、必然的な変化だっただろう。

 

海外旅行が一般的でなかった頃は、日本人が知っている西洋絵画も偏っていたが、もっと多くの絵画を知ることにより、美術の歴史全体からそれらを眺めることが出来るようになり、そういう環境になって、いいもの、惹かれるもの、日本人の感性にフィットするものが必然的に取捨されてゆき、残って来た。

そうして、現在は西洋絵画のほぼ全体を俯瞰し終えて、今度は自国の、日本美術へと関心が移って来た。

そう考えて良いのではないだろうか。

 

仏像ブーム、若冲の評価、などは西洋絵画に「飽きた」社会が新たに発見した面白きもの、ではなかっただろうか。

それは、日本美術をもう一度見直す、という観点からではなくて、もともと西洋絵画しか知らず、そればかりを見て来た目が、あらたに新しいものに飛びついた、というように見えるからだ。

戦後、いや明治時代から、日本人は文化的には、自国を貶め、ひたすらヨーロッパに憧れ、ヨーロッパを規範として価値観を築いて来たからだ。

西洋美術の概観がおおむね済んだころ、時を同じくして戦後教育が間違っていた(?)との反省が浮上して来て、日本文化の再発見が行われるようになった。

それは時代が要求する必然的なものでもあったと思う。

 

美術でさえ、大衆はつねに新しいもの、つねに違うものを求めている。

西洋美術や日本美術といったカテゴリー分けには関係などなく、大衆が求めるのは、その時々の目新しいものに過ぎないのかもしれない。

ただある画家がその時代に浮上し、持て囃されるのは、その時代の文化的要求やら、雰囲気、様々な要素が絡み合うのだろう。

浮上して、それが定着するかどうかはその画家の実力ということだろうか。

フェルメールやレオナルドのような画家は懐が深く、どれだけ作品を重ねても、どれだけ見せられても飽きさせない謎めいた部分や、魅力が多いから、何年経ってもずっと飽きられず、ずっと一線でいられるのだろう。

そう考えると、マグリットなどは謎がすぐに割れてしまい、深さが足りなかったと言えるのかもしれないが。

 

いっときのブームで持て囃された画家の場合、そこから、定着への流れ、美術史全体から見たその画家のポジションなどをきっちりと把握してゆく必要があるだろう。

絵を見るのに法則はないけれど、ただブームに踊っているだけ、流行りものに目を向けているだけではかつてのマグリットの二の舞にしかならない。

この美術の世界にも浮き沈みがあることを心に留めながら、作品がどのように定着してゆくのかを見極めたいものだ。

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